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毎日モーツアルト最終回

No,360 comment 1

2006-12-22m.jpg

今年はかのモーツアルトが生誕250年という事での企画で
毎日朝、8時1分から10分間、BS2で「毎日モーツアルト」という番組をやっていました。
以前観た映画「アマデウス」ですっかりモーツアルトに嵌っている私です。前半は知らないでいたのですが、夏頃からは努めて見ていました。
そしてきょうはいよいよ最終回でした。(来週は1年間のまとめでリクエストで曲をかけてくれるらしいです。)
最終回は勿論モーツアルトが亡くなった前日、12月4日の話でした。
最早舌が死人の味がすると語り、見舞いに来た友人たちとまだ未完成だったレクイエムの出来上がっている部分を一緒に歌ったそうです。そして「涙の日」のところまできた時泣き崩れたそうです。
涙の日は、8章節しか書かれていません。そこで命が尽きたのです。
泣き崩れたとは、そこで書く力が尽きたということでしょうか?
いくつにも分かれているレクイエムですが、順番に作ったわけではなく、後の方が先に出来たりしていて、最後に涙の日を作っていて、美しく、悲しく静かに滑り出し、盛り上がった頂点で命が尽きたということも、何か神がかり的な感じがします。そして短いたった8小説の中に全ての思いが込められているように思います。

映画「アマデウス」ではサリエリが依頼して、そうとは知らせず死の床でレクイエムの作曲の手伝いをするようになっていますが、実際にはある伯爵が頼んだ事が一般的になっているようです。
その伯爵は、自分が作曲した曲として亡き妻に捧げたそうですが、
自分が作曲した事にするのですから、代理人を立てて内密にモーツアルトに頼んだそうです。モーツアルトはとてもお金に困っていて、前金で半額を貰ったのですが、それは使い果たしてしまいました。
ところが、レクイエムを完成させることなくモーツアルトは死んでしまいましたので、妻はその後、弟子に完成を依頼したのだそうです。
もし、天才モーツアルトがこの作品を完成させていたのならどんな風になっていたでしょうね。
でも、お金さえ出せば、作曲してもらった曲を自分のものにする事が出来るとは現在では考えられないことです。
モーツアルトは自分がもうすぐ死ぬことを思いながら、レクイエムを作曲していたのですね。
1791年12月5日0時55分、35歳で逝きました。
モーツアルトには何人もの子供が生まれましたが、何ヶ月とか何年という単位で亡くなっています。
今から200年以上前ですから、医学的にも現在のような進歩はしていなかったのでしょうね。
美人薄命という言葉がありますが、天才薄命という言葉も有りそうな気がします。
もしもう少し長く生きていたならどんな曲を残しただろうかと想います。

今日最終回の放送は
「呪われた者」と「涙の日」でした。
35歳で逝く、モーツアルトの無念を思い、泣けました。 entry_textmore
2006年12月22日17時54分22秒/テレビ番組 /コメント:1 /トラックバック:0/▲ページトップへ戻る

寒空に映える実

No,359 comment 0

日が短くなって、なかなか明るくなりませんし、夕方はすぐ暗くなってしまいます。
ウォーキングに行けるのも日中の限られた時間、しかも良いお天気の日に限られてきました。
しかも体調と相談しなければなりません。
今日はその全てが良く、ウォーキングに出かけました。
葉っぱを落とした木々に実が残されていました。
これは何でしょう?
葡萄ではないですよね。

2006-12-15-2.jpg

写真を撮る時見たら、この木にはイルミネーションの電線が巻きつけられていました。夜も見たいものです。

次はりんごです。たった一つだけが残っていました。

2006-12-15-1.jpg


これも初めて見ました。
勿論名前も解りません。

2006-12-15-3.jpg


最後は知っています。ナナカマドですね。
寂しい風景に色を添えてくれます。
雪を被った姿も楽しみです。
2006-12-15-4.jpg

2006年12月15日21時00分25秒/日常 /コメント:0 /トラックバック:0/▲ページトップへ戻る

実写版「火垂るの墓」

No,358 comment 0

戦争が終って60年が経つ今年の11月、
以前アニメで観た「火垂るの墓」の実写版を偶然見ました。
始まるとは知らずに見始めてすぐ、これほたるの墓じゃないの?と思いながら見進むと、やはりそうでした。実写版があるとは知らないでいたので、びっくりしました。
アニメ版と同じように、号泣しながら観ましたが、
今日の午後、その再放送があったのです。
今日も有るとは知らずにいて、始まってびっくりしました。

人間が生きるか死ぬかの究極の場に立たされたら、人のことなど考えていられないのですね。心を鬼にしなければ自分が生きられないのですね。

養ってあげようとしたおばさんも、食べ物が無い状況では我が子の命を優先するのも仕方ないのかもしれません。
空襲警報が鳴って皆が防空壕に非難している時、どろぼうに行くしか生きれない清太、
コレが戦争なのですね。
節子が栄養失調で死にそうな時、最後に残っていたお金を使い、泥棒ではなく買おうとしたのに、戦争が終ってお金の価値もなくなっていた。なんとか頼み込んでお米と卵を譲ってもらってきて、お米を研いでいる時、節子の命の火が消えてしまったのです。

また泣きました。自分の泣く声が煩くてテレビが聞こえません。(ノ_・、)



公式ホームページ火垂るの墓 ― ほたるのはか ―
2006年12月09日17時58分13秒/テレビドラマ /コメント:0 /トラックバック:0/▲ページトップへ戻る

WEB絵本「一年生」

No,357 comment 0

011.gif

今年も例年のようにちはちゃん人形を作らせて頂きました。
もうちはちゃんは7歳になって小学校一年生になりました。
人形が出来た時は、ちはちゃんもいっしょに取りに来てくれました。昨年から習っているバレーのレッスンに行く前ということでピンクのレオタード姿のちはちゃんでした。
初めて作らせていただいた時はベッドの中で眠っているだけの赤ちゃんでしたのに、
驚きです。
それはとりもなおさずわが身にも同じ年月が上乗せされているのです。
ちはちゃんが成人するまでは、頑張らなければいけませんね。ヾ(´▽`*)ゝ

年が変る前に何とか仕上げようと思っていた、ちはちゃん生長の記録7歳「一年生」がやっと完成しました。

どうかちはちゃんの様子を見てくださいね。
また、ご覧頂いた感想をお聞かせいただければ幸いです。

WEB絵本「一年生」
2006年12月08日12時19分06秒/doll /コメント:0 /トラックバック:0/▲ページトップへ戻る